「私だけがダメなんだ」ー勤務時間内にSNSが見られないスタッフの悩みに寄り添う
訪問看護ステーションは利用者さんの自宅に訪問して医療的ケアを共有するお仕事です。必然的に、単独で行動する機会が多いため、利用者さんの状態の変化など必要な情報をインターネットのSNSを利用して共有することが多いです。
訪問看護のスタッフAさんは子育て中。時間外にSNSで情報共有を行うことは難しく、他のスタッフが発信した情報も確認することができません。
「他のスタッフはできているのに、私だけできていない」
「仕事ができないと思われているかもしれない」
このような思いを抱えながら、知らず知らずのうちに自分を追い詰めてしまった...
Aさんは罪悪感から職場に行きづらくなり、最終的に休職することになりました。
訪問看護ステーションのスタッフなら、休職とはならないまでも、一度は同じようなことで悩んだ経験があるかもしれませんね。
そんな時、どのように考え、どう対処したらよいのでしょうか?
私たち公認心理師は、こうした職場で感じるストレスや不安の背景にどんな「思考のクセ」や「感情の反応」があるのかを一緒に整理し、より柔軟な捉え方や行動につなげていくお手伝いをします。今回はこのケースを、**認知行動療法(CBT)**の視点から紐解いてみましょう。

1.認知行動療法における「問題の捉え方(アセスメント)」
Aさんの状況を整理すると:
- 環境:訪問看護という業務上、SNSでの情報共有が行われている
- 制限:子育てや家庭の都合で勤務時間外のSNS閲覧が難しい
- 比較対象:他スタッフは時間外も対応できている
- 自動思考:「私は責任感が足りない」「みんなできてるのに、私はダメだ」
- 感情:罪悪感、自己否定、孤独感、焦り
- 行動:最終的に休職
ここで注目したいのは、「できない自分」を責めるという思考パターンです。
2.認知のゆがみを見つける
このケースには、いくつかの認知の偏り(認知の歪み)が見られます。
- 全か無か思考:「SNSを見られない私は、できない人間だ」
- べき思考:「勤務時間外でも情報は見られるべき」「周りに迷惑をかけてはいけない」「ほかの人ができているのだから、私もできなければならない」
- 自己関連づけ(個人化):「これらのことができないのは私の責任感が足りない(≒私が悪い)からだ」
- 結論の飛躍 “心の読みすぎ”(注1):「他のスタッフは私を責めているに違いない」
こうした考え方は、事実とは限らないのに、本人の中では「真実」として強く根づいてしまうことがあります。
――――――しかし、本当に真実なのでしょうか?
次の段階では認知のゆがみを客観的に検証していきます。
*注1 結論の飛躍は人に向けられると心の読みすぎになり、出来事に向けられると先読みの誤りとなる。
3.認知の再構成:もっとやさしい見方を探す
CBTでは、これらの自動思考に対して「本当にそうなのか?」「別の考え方はあるか?」を心理師とともに、あるいは悩んでいる人(Aさん)自身が客観的に検証します。
たとえば:
- 事実ベースで考える:「勤務時間外は業務外という会社の方針。見る義務はない」
- 柔軟な視点:「SNSを見られないことは、能力ではなく家庭環境の違い」
- 自分の価値を再確認:「限られた時間の中でも誠実に業務をこなしていた」
- 代替行動の検討:「勤務時間中に要点だけ教えてもらう仕組みはできなかったか?」
こうした認知の調整を重ねることで、自分への過度な責任感や罪悪感が緩み、現実的で健やかな選択ができるようになります。
4.もし同じ状況になったら?
同様の状況に直面したとき、CBTでは以下のような「行動実験」や「予防策」を一緒に考えます。
- 「SNSの対応範囲について上司と話し合ってみる」
- 「他スタッフに業務時間内で簡単な要約を共有してもらう仕組みを提案する」
- 「“他人と比較して自分を責めるクセ”に気づいたら、ノートに書き出して見直す」
- 「“私は私”という軸をもつ言葉(例:できる範囲でやっていれば大丈夫)を繰り返す」
おわりに
「自分だけできていない」と感じてしまうとき、私たちは無意識に「完璧」であろうとしてしまうことがあります。
でも、医療スタッフも子育て中の親も、ひとりの人間です。できること・できないことがあって当然。そんな中で「自分にやさしくできる考え方」を持てるようになることが、心の健康にもつながっていきます。
もしあなたや身近な人が同じような状況で悩んでいたら、認知行動療法の視点を取り入れてみてくださいね。
作成者 藤原 望(作業療法士/公認心理師)